ラッキーな人手不足

「不足」をどうするのか?

これがほんとうの「発明の母」なのである。

たとえば、70年代から80年代の「激動の時代」は、それまでの惰性(高度経済成長も)とちがって、世界的な「不足」を原因としていたことはまちがいない。
わが国と西ドイツ(当時)を潤した高度経済成長は、西ヨーロッパの戦役被害復興と、東ヨーロッパがソ連に分断されて生じた「物不足」が原因であった。

しかし、新しい時代の70年代から80年代には、そのモノづくりのための基本的ね資源である、アメリカドルの信認が揺らいだことと、ほとんど同時におきた石油ショックで、とにかく「石油(エネルギー源としてと素材原料として)」が不足したのである。

ちなみに、アメリカでは1930年代に「人手不足」が起きて、そのために「経営革新」が行われたのだった。

ところが、70年代から80年代のアメリカ人は自国内の油田を掘りまくって中東からの石油依存を減らす一方で、「ペトロダラー」を発明して、ほとんどタダで中東の原油を手に入れることにも成功したら、「省エネ」が吹き飛んでしまった。

不足を充実でカバーする安易さが、傷を深めることとなったのである。

タダで中東の原油を手に入れたとは、FRBが印刷した紙切れのドルを決済につかいまくったことをいう。
それがつぎに、「オイルダラー」となって、さらにヨーロッパでは、「ユーロダラー」に姿をかえて、アメリカ一国の経済政策効果を薄めたのである。

対して、ヨーロッパに属するドイツでもない非力なわが国は、ドルと石油のダブルショックをまともに受けるはめになった。
それが象徴が、トイレットペーパー騒ぎであり、「経済の福田」を自称していた自信過剰の福田赳夫が「狂乱物価」と迷言を吐いたのである。

しかして、当時のわが国は「光化学スモッグ」が子供を襲い、体育の授業での校庭で生徒がバタバタ倒れる事件が頻発していた。
そこで、ホンダがクリーンエンジン開発(排気もクリーンだが燃費が驚異的の省エネ)に成功したことで、「世界のホンダ」となる。

むろん、日本政府(通産省)は歴史的にホンダの自動車事業を妨害していたが、このエンジン開発にも茶々を入れていたほどであった。
この役所は、とにかく経済成長に役立たないためにある。

ところが、イラン革命(第二次オイルショック)で、さしものアメリカも省エネに走らざるを得なくなって、ホンダの小型車が世界を席巻することとなった。

ひとの手柄を盗む癖があるのが役人だから、あたかも日本政府・官僚の優秀さの証明のごとくの自画自賛たる宣伝を国民にやって洗脳したのである。
ホンダには「忸怩たる思い」があるはずだが、適度に役人をヨイショしないと、またどんなイジメにあうかしれないから知らんぷりをしているのだろう。

逆に、今日、ホンダが苦境にあるのは、役人のいうことをそのままに、EVシフトしたから失敗の憂き目をみているが、これを「経営責任」と一刀両断にするのが役人のこれまた責任逃れなのである。

忸怩たる思いをしたくない、というのがリスク管理だと勘違いする精神の弱さが、本田宗一郎の哲学を無視させたことが最大の原因なのであろう。

そんなわけで、「不足」には、「どうするのか?」を根本的に対策すれば、大きなビジネスチャンスになることは、歴史が証明している。

いま、「人手不足」をいうなら、その根本対策を発明したものが成功者となる。

けれども、人手不足だから外国からの移民をもって埋める、という対策は、もっとも安易なものなので、外国人人材紹介業なる一部にしか恩恵がないし、一般国民の社会福祉の向上(たとえば治安維持)にも寄与しない。

それで、次元のちがうA.I.に業務をふれば人手不足が解消するという幻想に惑わされて、サラリーマンが社長をやっている「無責任体質」の企業(おおくは大規模模投資が可能な「大企業」)が、なんと新入社員の採用数抑制までやっているのである。

しかも、わが国の大企業は発行株式のおおくを外国人投資家に買われている実態がある。
なお、金融機関等による「株式の持ち合いを禁止」したり、「自社株買いの解禁」をしたりしたりしたのは、そのための準備であった。

この政策も、経産省=自民党(アメリカ民主党の手先)が積極的に展開したものだから、彼らの本質がわかりやすいのである。

さてそれで、大企業やらからの採用に漏れた若者は?といえば、「ニート化」するようにも仕向けられて、一生のうちでもっとも業務の基礎を習得する時間を無駄にしている。

それもこれも、貧困化計画のうちにあって、将来の「社会主義・共産主義=全体主義」体制をつくるための壮大な「被害者創出」なのである。

ひとは、貧すれば鈍する、からである。

そんなわけで、こんなときに採用する側の中小零細企業が自己卑下してもはじまらない。
一生食っていける技能を修得できる、修得させる、ということをいかに社業として本気で取り組むか?が将来を決めるし、ニートを放置せずに、一生食っていける技能を修得しないとえらい人生になることを、本人に納得させないといけないのである。

それができる、ラッキーな人手不足、となっている。

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