「地銀」の存在価値

全国の県庁所在地に本店を置くのが、地銀:地方銀行だ。

わが国で、銀行業をはじめて始めたのが、渋沢栄一であったけど、明治政府から頼まれて設立した経緯がある。
なので、「第一国立銀行」という名の、民間銀行第一号になった。

なお、どうして「Bank」を「金行」といわず、「銀行」というのか前に書いた。

ただし、社名に「Bank」と書いていなくとも、「金融業」をやっていれば、それは「広義の銀行」だから、第一国立銀行がわが国で最初の銀行ではなく、まだ江戸時代だった横浜に開業した、「ジャーディン・マセソン商会横浜支店」がこれにあたる。

大桟橋の付け根、「開港広場前交差点」のシルクセンター側の角が「跡地」、すなわち、「英一番館跡」がそれだ。
当然ながら、「ジャーディン・マセソン商会横浜支店」が、わが国にやってきた「外資企業」のはじめてだから、「英一番」ではなくて「世界一番」だった。

とはいえ、大英帝国が「世界」でもあった時代だ。
それで、「英一番」には、「世界一番」の意味がある。

では、「ジャーディン・マセソン商会横浜支店」は、どんな「金融」をしていたかといえば、「貿易決済」であって、「小切手」を扱っていたのである。
鎖国していた江戸期には、世界一「内国為替」が発達していたために、小切手は日本人にはなじまない。

いまだに、日本人になじまないのが「小切手」だから、これはもう、「文化のちがい」の典型例となっている。

それにしても、「ジャーディン・マセソン商会」といえば、「阿片貿易」が連想される、悪名高き会社である。
しかしながら、よくよくかんがえれば、「大英帝国」が大英帝国ならしめたのが「阿片」によるかんがえも及ばない「莫大な利益」なので、ジャーディン・マセソン商会とは、「大英帝国の本質」といって差し支えない。

つまるところ、よくいって「経済やくざ」なのである。

だから、横浜での事業の本業が「貿易決済」だといっても、中身については「ヤバイ話」があっても、ぜんぜんおかしくない。
そんなわけで、横浜人は、アジア人に厄災をもたらした大英帝国の本質たるこの会社の所業を決して自慢してはいけないのである。

ついでに、『ロビンソンクルーソー』も、阿片貿易で富を得て、日本を目指す旅をするけど、台風に阻まれて断念するという話になっている。
さほどに、当時の英国人は「麻薬」だろうが何だろうが、自分だけ儲かればなんでもよいという「道徳観」がふつうだった。

すると、このどこに、マックス・ヴェーバーがいう「資本主義の精神」があるのか?はなはだ疑問なのである。
これが、わたしが「資本主義は未来のシステムだ」という、アイン・ランドに同意する理由でもある。

「ジャーディン・マセソン商会」が、「物(ブツ)」を中心としたのに対して、本業で「カネ」を扱ったのが、「HSBC:香港上海銀行」である。
阿片貿易の決済は、HSBCなくして語れない。

すると、横浜にHSBCよりも早くにやってきたのは、それなりの「先見の明」だったのか?それとも、HSBCと話を付けた先遣隊だったのか?

そのHSBCも、個人相手の業務はとっくに日本から撤退した。

アジアとヨーロッパを接続する、一大国際ハブ空港になった、トルコのイスタンブール空港には、HSBCに個人口座を持つひと向けの「ラウンジ」があって、この銀行が発行するクレジット・カードを見せると利用できるようになっている。

「金商法:金融商品取引法」ができた2007年(平成19年)、この法の裏目的にある「キャピタル・フライト(円資産の海外流出)防止」のために、日本人は、HSBCのような外国銀行に、外貨預金口座を個人名義で開設できなくなったのである。

よって、空港ラウンジすら、つかう権利もない。

「金解禁」という、もっぱら国内事情(じつは「グローバリズム」)による政策で、昭和2年にはじまる「昭和恐慌」のため、だれでも設立できた銀行がバタバタと倒産した。
「世界大恐慌」は、その2年後の、1949年のことに注意したい。

これから徐々に、国家総動員体制となって、県庁所在地に一行だけという地銀体制ができて、いまに至っている。
ちなみに、東京は特殊だけれど、「富士銀行」が、事実上の都にとっての地銀で、「みずほ銀行公務部」が引き継いでいる。

「国内」ばかりか、「地域ローカル」という営業許可の範囲しか自由を与えられていないのは、トラック運送業やバス・タクシーとおなじ国による社会主義経済の構造だから、貸出先の地元に資金需要がなくなると、「貸金業」としての根本価値が危うくなる。

これが、地銀同士のグループ化になって、アメーバの結合のようなことになった。

けれども、効果が「足し算」にすぎず、経営統合の文言にしている「相乗効果」すなわち「掛け算」にならないのは、預金の「運用」ができないからである。
それで、どちらの地銀も、外国債券投資しか低リスクで高利回りが期待できないので、これに走ったのである。

バスに乗り遅れるな、という横並びを嗤えないのは、「追いつめられた」からでもある。
この「雪隠詰め」の恐ろしさを、地銀が教えてくれていて、蟻地獄のごとく脱出できないのは、かつての自由主義経済の教科書通りなのである。

といいつつ、悲惨なのは、およそ「機関投資家」として、外債の専門ディーラーも育成してこなかった「国内だけの事情」があったので、社内昇格するお偉いさんたちにも外債の知識なんかない。

だから、外国の証券会社を通じて、「投資信託を購入する」という、ほとんど個人投資家とおなじことを、ただケタ違いの多額でやっている状態になったのである。
それがいま、円安で巨大な含み損の資産になってしまった。

なんだか哀れだけれども、これをどうすることもできないのが、「金融行政」という、どうにもならないことがある。
なので、マスコミは、地銀があたかもバカのように批判するだろうけど、もっと巨大な、エリート気取りのバカがいることを書かないのである。

ジャーディン・マセソン商会がやっていたことも、大英帝国がやっていたことも、書かないのとおなじなのだ。

構造がおなじ、他業種はこれをどうみている?

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