カレーはフォークで食べる

「箸」のつかいかたが下手なのは,いまどきの外国人ではなく日本人という時代になった.
中学のころ,弁当に「箸」ではなく,スプーンをもってきている友人がいた.
なぜスプーンなのかをきいてみると,箸がつかえないから,というので仰天したことがある.
こども心にも,「どんな親なのかみてみたい」とおもったものだ.

親が箸をつかえなければ,その子どもにつかわせることはないから,「箸がつかえない」は,かならず連鎖する.
「個性」の誤解で,箸がつかえないことも個性にされる時代だから,不幸にも箸が使えない大人に育つ.

日本において,外国人とのフォーマルな食事にはたいがい会席料理が一度はある.
そこで,日本人として箸がつかえない,ことをさらすことがどのくらいの「恥」になるかということすら考慮されないなら,それは単なる「無智」ではすまされないほど,大人の無責任である.
きちんとした食べ方ができない,という人物は,彼ら外国人のなかでは軽蔑の対象になるだけだ.

だから,子どものときからの「躾」は,その子の人生を左右するほど重要なのだ.
できないことを「親のせい」にしても,自分が大人になっていれば,相手には恥の上塗りでしかない.であれば,自分たち外国人のように,大人でも練習すればよい,と発想されてしまう.

恥ずかしながら,そうはいっても,「箸」のつかいかたを極めているものではない.
あくまでも日常で「つかえる」という程度だ.
日本の礼法といえば,「小笠原流」.
見事な箸さばきで,公家を驚嘆させたはなしは有名である.

日本好きの外国人を招待する番組が人気だ.
このひとたちが,その道で一流の職人一家に招かれて,食事をする場面がある.
そこで,孫や子どもたちが驚いた顔をするのは,これら外国人の箸遣いと日本語能力だろう.

放送されない,「子どもたちも勉強の意味がわかるな」と,招待した家でのその後の会話が想像できる.きっとこの番組は,その部分において,とても「教育的」な番組なのだ.
子どもにとってのモチベーションアップは,かならずあるとおもう.
だから,お別れのシーンで,子どもたちの目が輝いている.

ひるがえって,洋食といえば,フォーク・ナイフ,それにスプーン(カトラリーという)が道具である.
「箸」に比べれば合理的な形をしているから,簡単につかえる,とだれでもおもう.
しかし,これがあんがいそうではない.
また,マナーとして勘違いしている日本人はおおい.

西洋料理の発祥のひとつは,イタリアンである.
そもそも,フランス料理があたりまえのように手づかみであったころ,イタリアではカトラリーが発明されていた.
それがフランスに伝わるのは16世紀に,フィレンツェのメディチ家からフランス王に輿入れしたカトリーヌの嫁入り道具であった.

ああ,なんという彼我の差.
おそるべし,「箸」文化の歴史の古さよ.
ついこの前まで手づかみだった我々は,文明人だったのか?
これが(珍しくも)東洋に憧れる西洋人からの発想だ.

イタリアンといえば,パスタ.パスタといえばスパゲッティ.
スパゲッティは,フォークに巻き取って食べる.これが難しい.
20代はじめの頃,ミラノ近郊の家庭に招待されたことがある.そこでいただいたスパゲッティの味は,いまだに忘れられないが,家族のみなさんの見事なフォークさばきは,なかなか真似できなかった.

ヒョイと皿の上の頂点付近の麺をすくい,フォークにからませると,そのまま空中で巻き取る.
このとき,親指の動きが重要なのだ.
やってみると,うまくいかない.そこで,皿のヘリにフォークを当ててクルクル巻き取った.
どうやら,この方法は,マナーとして幸いにも「許容範囲」であった.

お箸の日本のマナーで,口に運ぶとき落ちないように箸を持たない手を添えるのはタブーであるが,これが丁寧だと勘違いしている日本人はおおい.
その延長か,日本女性のおおくが,スパゲッティをたべるとき,巻き取るための補助としてスプーンをつかうのだが,これは,イタリアでは子どもの食べ方として認識されているようだ.

スプーンは,液体をすくうものという概念が強いからである.
自転車に乗れるようになるまでの補助輪とおなじだから,正餐のときにはやらないほうがいい.
しかし,人間には「行為スキーマ」という,自然に体がいつもの動きをしてしまう特性がある.
だから,いつもから注意していないと,本番だけでは失敗する.

ほぼ和食になった西洋料理のなかでも,国民食といって反対意見がないのはカレーだろう.
インドを支配した英国人が,本国に持ち帰った料理を,英海軍を手本とした日本海軍が輸入したのがはじまりだから,日本のカレーのルーツは英国である.
それで,英国のスパイス専門会社「C&B」と,日本のスパイス専門会社の名前までそっくりになっている.

いったん洋上に出ると曜日がわからなくなるので,いまでも海上自衛隊は,組織全体で金曜日はカレーの日と定めている.これで,隊員たちは「もう一週間たったのか」となる.
事前に申し込んで横須賀などの「母港」に行けば,停泊中の船でオリジナルカレーがいただける.
全艦船,それぞれ味つけが違うというけど,一般人で制覇したひとはいないだろう.

日本のカレーは,小麦粉で粘度をましてジャポニカ米のご飯と馴染むようにできている.
しかし,西洋の発想には「主食」という概念がないから,カレーライスは微妙な食べ物である.
日本人は,パンを主食とかんがえるが,あちらはちがう.

カレーをご飯なしで食べるならスープ扱いになるが,肉や野菜はフォークで食べることになっている.
ましてや,あちらで「米」は,野菜扱いなのだ.
つまり,日本式カレーライスは,フォークで食べるもの,となる.
これを,スプーンで食べるのは,離乳食的でまさに子どもの食べ方になるのだ.

でも,子どもの食べ方でもスプーンのほうが食べやすい.
だから,「日本式」にカレーライスはスプーンで食べるのだ.
いや待て,それでは「箸がつかえない」で押し通すようなものではないか?

なるべく,フォークで食べる練習をしておいたほうがよさそうだ.
しかし,たくさんの外国人が来日して,カレーはスプーンで食べるもの,と知らずに教育しているから,あんがいそのうち,あちらの常識がかわるかもしれない.

本来はフォーク.
確信犯としてスプーンをつかう.
とりあえず,このくらいで勘弁してもらうのがいいのだろう.

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