全国一律の安心とムリ

どんな地方に行っても、「全国一律」がある。
コンビニと百均がそれだ。
コンビニをコンビニせしめているのは、最大手にしてわが国で最初のコンビニの物語がかたるように、「配送」にこそ仕掛けの「タネ」がある。
つまり、じつは「コンビニ」とは、「流通の完成形」なのである。

さいきんのコンビニは、コーヒーにその「オリジナル」を求めている。
どちらのコンビニ・ブランドでも、販売する商品のおおくは、「ナショナル・ブランド」を主体とするから、看板ごとに「ちがい」を訴求するには、さいしょは「弁当」や「おにぎり」だった。

ところが、どちらさまもこれを用意して行き渡ったので、つぎは「おでん」になった。
それから、「揚げ物」になって、プライベート・ブランドの商品群開発へと進化した。
そして、昨今は、「コーヒー」になったのである。

コーヒーは嗜好品だから、ひとによって好みがわかれる。
それで、熾烈な競争が勃発した。
「販売競争」というよりも、「品質競争」になったのは、「万人向け」にこだわると、コンビニ・ブランドとしての主張が減ってしまうし、特徴的な味と香りにこだわれば、選択肢から除外される可能性もでてくる。

この、相容れない関係の、どこを自社の「コーヒー」として設定するか?は、集客における重大問題になったのである。

これにくわえて、学校の教室にも職場にも、水筒を持ちこむことが許される時代になった。
持ち運びに適した、魔法瓶機能のあるさまざまな水筒が、さまざまなメーカーから販売されている。
ペットボル飲料の手軽さはあるが、これが、「エコじゃない」という価値観がうまれて、マイボトルの水筒へとシフトした。
わが家では、紅茶用とコーヒー用にわけて、350ミリリットルと500ミリリットルの二種類があるから、水筒大尽である。

大手コーヒーショップがそうしたように、マイボトルを持ちこんだひとには10円ほどの値引きがある。
これが、「エコ」になったのは、エコロジーのエコではなくて、エコノミーのエコである。

はたして、セルフでコーヒーマシンを操作するタイプと、店員が用意するタイプに、サービス・スタイルも分離した。
マイボトル持ち込み派としては、ボトルの容量に応じられる、店員が用意するタイプが便利である。
セルフ対応だと、マイボトルが直接セッティングできないからである。
つまり、店の紙コップを注ぐためにだけつかうことになる。

そんなわけで、全国に出張しても、宿泊先の近所にたいがい存在する、コンビニのコーヒーをマイボルにて購入するのは、安心なことのひとつである。
けれども、じぶんで淹れることもある。
百均の四角いビーカーにレギュラーコーヒーとドリップ用の漏斗とペーパーがあれば、どこでも好みのコーヒーが客室で淹れることができる。

唯一のネックが、客室設置の湯沸かし器で、これが用量がすくないと、ほしい量がまかなえない。
電気ポットがあると、便利なのである。
すると、いったい、どのくらいのひとが自室でコーヒーを淹れているものか?
かなり「レア」かもしれない。

その「レア」さを、清掃係が発見して、どのくらい「情報」として客室販売の責任者に伝わるのだろうか?

昨今の、ホテル等における客室清掃は、ずいぶんと専門会社に業務委託するのがふつうになったけど、客室の使用方法についてのレポートをあげることは、「清掃業務」に含まれないだろうから、宿側が宿泊客の客室における使用状況をしることができなくなっている。
はたして、これで「宿泊業」といえるのか?

レギュラーコーヒーを淹れれば、「コーヒーかす」がでる。
だから、わたしは、ゴミ箱にハッキリした痕跡を残している。
これが、客からのメッセージでもあるのだ。
すなわち、朝食のコーヒーへの不満表明である。

さいきんは、ビジネス・ホテルの「無料朝食」でも、レギュラーコーヒーのサービスがあって、客室への持ち帰りもできる配慮がある。
すると、朝食の場が「味見」となって、気に入ればマイボトルに入れることができる。
つまり、むかしからの宿よりもコンビニエンスになっている。

こうしたことが、「ムリ」だというなら、いったいどんなことをやっているのか?
宿の独自コーヒーがあっていい。

そういう時代になっていることを、全国一律のコンビニがおしえてくれている。
あんがい、宿の経営にかかわるひとたちの感覚に「ムリ」があるのである。

不思議なことである。

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