「防衛研修所」発行の奇書

いまは、防衛「研究所」に改称(1985年)された、1952年に設立された保安庁の「保安研修所」が前身で、その後にできた自衛隊における尉官以上の教育・訓練を目的としたのが「防衛研修所」である。

この機関が発行した、『MTPを中心にした経営管理の技術』(1961年)を、国会図書館で昨年秋にみつけたけれど、自衛隊幹部に対しての教育に、中身がどんなだかと興味がわいたのである。

すぐさま国会図書館を訪ねて、唖然としたのは、「電子化」のためになんと半年も閲覧不能であったことだ。
しかして、時の流れは早く、このたび電子化された資料を自宅のパソコンから遠隔でコピーを送ってもらえたのである。

ただし、コピーは紙の郵送物として送られてくる。
なんでも、「著作権」が優先されるのは、前に書いた通りである。

しかしながら、本書には「奥付」がなかったし、そもそも、国家予算で運営される機構で製作されたものだから、これに著作権を付与する発想がおかしいのである。

腐っても鯛の、アメリカ合衆国は、軍も含む政府機関が一般向けに発行する情報に、はなから著作権を付与していない。
アメリカ国民全員のための「情報提供サービス」であって、料金はすでに税金として徴収済み、という理由になっている。

どうかしているわが国は、自民党政権のズボラから、国家機関が平然と「著作権」を設定しているのである。
これに、異論をいう国会議員が野党にもいない体たらくで、せめて共産党ぐらいは異議申し立てをしてもいいのに、とおもうのである。

そんなわけで、さっそく中身を読んでみた。
たった22ページの小冊子である。

表紙にいきなり「目次」があるので、本文もいきなりで、よくある「はしがき」も「後書も」ない。

表紙にある目次は、次のとおりである。

1 新時代の経営
2 管理者の能力
3 管理する技能
4 作業指導の技能
5 作業方法改善の技能
6 人間関係をよく保つ技能
7 結び

そもそもタイトルにある「MTP(Management Training Program )」は、戦後アメリカ軍がもたらした管理職訓練のためのメソッドなので、尉官以上の幹部自衛官にこれを訓練することに違和感はない。

しかし、目次からは見えない、「軍事」が、この本にはどこにもなくて、冒頭から「企業は、」ではじまっているのである。

幹部自衛官を育成するといえば、防衛大学校がすぐに浮かぶが、その下の中堅幹部を育成するための学校は、一般大学卒を集める「幹部学校」として別にある。

いまネットでさまざまに的確な軍事的解説をしている、元陸自「陸将補」だった方は、京都大学のご出身なので、おそらく防大ではなくてこちらの幹部学校のご卒業なのだろう。

「陸将」「海将」「空将」クラスを横目に、なるほどの実力差が歴然なのは、素人にもよくわかる。
なお、東大御出身なら、キャリア官僚として「内局勤務」を選ぶだろうから、なかなか征服組の悲哀を味わうこともないのだとおもわれる。

それに、旧軍が「幼年学校」という場所で、超エリート養成を子供時分から行なっていて、「大将」になるには、幼年学校卒からの一貫教育でないと無理だった。

軍人も、「軍事官僚」なのである。
幹部学校卒なら、普通は「1佐」どまりが、「陸将補(外国なら「少将」)」にまでなったのは、さすがに実力を無視できなかったのだろうけど、「陸将(外国なら「大将・中将」)」にはさせないのが、官僚機構としての秩序重視が見てとれる人事である。

何があっても、「例外」はつくらないのが、有職故実がすべての官僚ゆえだが、「令外の官」たる、「中納言」をつくった奈良のむかしのひとが偲ばれる。

そんなわけで、わが国の防衛大学校は、まだ独立前の昭和27年に「保安大学校」ができて、独立後の昭和29年に「防衛大学校」となっている。
つまり、本書は、防大が設立間もない時期の「読本」となっていたものだ。

ちなみに、知人を介して防大図書館にもあたってもらったが、やっぱり蔵書はなかった。

そこで、本文にある、「企業」を、「隊」とか「組織」に読み替えると、実に汎用性が高い「読本」になるのである。

読みようによっては、時代背景から「任官拒否」や教育内容への批判を想定していたのかもしれないし、中途やらで退官して民間に再就職する際の「再教育」のための「読本」だったのかもしれないけれど、いまのわが国において、このような「幹部教育」はふつうの学校生活でもほとんど実施されていないので、妙に貴重に見えるのである。

もはや、文字通りの「奇書」に相違ないのだが、たった22ページでよくも手短にエッセンスをまとめたものだと感心もするのである。

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