レヴィット報道官の退任

12日、「家族(子供)のために退任する」と発表したのは、史上最年少(27歳)でホワイトハウス報道官に就任した、カロライン・レヴィット女史(29歳)であった。

アメリカ政府高官は、次々と彼女への賛辞を贈っている。

トランプ大統領は、退任後も民間からの最高峰「トップ顧問」就任を要請したという。

後任はまだ発表されていない。

就任時にも書いたが、トランプ政権の抜擢人事は、あまり失敗がないばかりか、チャンスの与え方が、そもそもアメリカ的なのである。

なぜに失敗がないのか?は、あんがいと単純で、その前の仕事ぶりをしっかり評価してからの人事だからである。
これはこれで、トランプ氏だけでなくすべての成功した経営者にいえる、「いつでもどこでも、人材を求めている」ことの目線だけが可能とすることである。

逆にいえば、どんな人材がほしいのか?の具体的イメージをトップが自分でいつもかんがえている、からできることであって、そのイメージがないことの付け焼き刃ではできないことなのである。

むろん、選ばれるには選ばれる側にも、選ばれる理由がある。

その第一とする選任基準は、トランプ氏のばあい、おそらく、彼への「忠誠心」だろう。
だがこれは、現代日本の狭義のものではないはずだ。
ここでいう「狭義」とは、うすい「封建時代」のイメージからの発想で、「殿様」に対する絶対的な服従をさす。

しかし、やや範囲を広げれば、江戸時代の封建制では、殿様本人よりも「お家」の方が上位価値であったので、家臣団が「お家のため」に現職の殿様を(座敷牢に)「押し込め」ることがふつうに起きた。

これぞ、「忠義」であったのである。

では、トランプ氏が求める自身への忠誠心とはなにか?と問えば、哲学の一致であり、その哲学完遂のための努力を怠らない精神力の有無ではあるまいか?

トランプ氏の哲学とは、キリスト教信仰に基づいたすべてのアメリカ人の幸福追求を妨げない政府をつくることにある、とみる。
だから、この哲学に合致しない輩との闘いは、その場での真剣勝負になるので決して容赦しない共通を要求するのであろう。

この基準に、彼女は合致したから、年齢は二の次として抜擢されたのだろう。

残念ながら、わが国には薩長閥が構築した「入省年次」の条件から逃れることができないので、アメリカのような人事はタブー視されることになっている。
ましてや、トップの意向で就任可能な「官職」は、ほぼ用意がない。

それゆえに、内閣人事局の設置は、いがいにも日本的ではない、のである。

つまり、内閣人事局の人事とは、トップ(首相)による選定基準があらかじめあるのでもないために、報復人事が目立つようになっている。
しかし、このことは、首相退任後に官僚組織からの報復(押し込め)をうけることにもなりかねないのだ。

その点で、田中角栄氏がもっともアメリカ的な人事を成功させた首相であった。

彼の人心掌握能力があってこその「田中派全盛」であって、金権政治のカネは後からついてきたのではなかったか?
わたしが、「金権ありき」の立花隆を信用しない理由のひとつである。

だが、田中角栄の思想は、あまりも社会主義・共産主義=全体主義であったために、自民党がこうなった、のである。

若さでいえばレヴィット女史よりもずっと若い、大学1年生の津田あかりさんが注目されている。
政治家志望だと公言する彼女に、日本のレヴィット女史として期待したいのは、わが国では官職ではなく政治家の方がより身近だからだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください