ほぼ三ヵ月の実家整理・整頓

むかしの日本製ホラー映画に、大林宣彦監督『HOUSE ハウス』があった。

わたしが27歳のときに建て替えた「実家」は、祖父が昭和27年に新築してからの二代目にあたる。
逆算すれば、築後36年で取り壊しになったことになる。

壊してはじめて気づいたのが、平屋の総檜造り、だったことで、解体屋の親方がおおいに喜んでいたのをおもいだす。

いまの二代目の家は、初代より長持ちしていることになるけれど、部材の陳腐は避けられない。

なぜに建て替えることになったのか?には複数の理由があった。
その最大は、安全性の脅威だ。
わが家の裏には隣家との小さな段差があって、これがわが家所有の土地部分で崩れる心配が起きたのである。

横浜市では2mの高さがあれば補助金の対象となるが、わが家は20㎝足りなかった。
しかし、カネの問題ではなくて、土留めの壁を構築するにも既存の家を取り壊して基礎をつくる必要がでたのである。

ときはバブルのはじまりで、新興住宅地への移転もかんがえたが、当方が高く売れる=移転先も高額、というバランスであったために、わざわざ郊外に引っ越すこともないと現地に留まった。

いま、その郊外の当概地は、市内でも有名な「限界集落」と化している。

春に急逝した妹の1人住まいは、整理に入って「広すぎる限界超え」であったことに改めて気づいた。
ちなみに、整理中、ゴミの中からひょっこりメモ帳がでてきて、懸案だったスマホが開き友人たちと連絡をとれた。

しょせん、畳一枚あれば人間はなんとかなる。

5人家族とわたしの未来の未定の嫁を加えた人数が暮らす想定での間取りで、一人暮らしでは清掃だけでもおいつかない。
ゆえに、しっかりゴミ屋敷化していたのは、妹のせいだけにすることはできないし、きっと大きなストレスになっていたことであろう。

かわいそうなことをした。

だが、結局はわたしと家内とでほぼ三ヵ月を要する、大整理となった。
これをひとりでやっていたら、心が折れること必至である。
その最後の手段に、25日、雨天の中、産廃業者さんのプロの段取りで、わずか半日で全部が決着したのである。

いま、各部屋には必要最小限の取り置きしかない。

がらんとした室内をみつめて、なんでも呑み込む『HOUSE ハウス』をおもいだした。
おそるべき収納力である。
大規模リフォーム後に引っ越してくるにも、いまの住み家の大整理をやらないといけない。

しっかり、産廃業者さんからのセールスアプローチがあった。

これで気づくのは、産廃業者とか解体屋とかは、社会インフラの基礎中の基礎にあることの確認である。

スクラップしてからのビルドアップだから、順番は最後ではなく最初にあるのである。

こんな基本的なことを、あらためて認識することができたのも、大整理・整頓の成果であった。

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