スポーツ観戦にぜんぜん興味を失ったので、オリンピックを観戦することもなくなっている。
いまでも覚えているのは、札幌大会(1972年)での、ジャネット・リンの尻もちと、スキージャンプの「金・銀・銅独占」の驚きで、その後のことはあまり覚えていない。
だから、前回の東京大会は、おそらく全部で5秒ぐらいしか観ていないし、この冬のミラノ・コルティナ五輪にいたっては、まったく観た記憶がないのである。
わが家に地上波テレビはないので、ニュースも観ないからである。
それで、「りくりゅう」がフィギュアスケートで金メダルをとったと聴いても、中国選手のことだとおもっていた。
しかし、このところYouTubeで何本もの「君が代」についての動画があがっている。
はじめて、オリンピックの表彰台で流される「君が代」に、イタリア語と英語の訳がついて会場に表示された。
これを観ていた会場のひとびとが、なにを歌っているのかわからない歌の意味をはじめてしって感涙にむせび、それがまたSNSで世界に拡散したのである。
じつは、いちばん驚いたのは、これを放送していたNHKではなかったのか?
もっとも都合が悪いのは、その「正しい訳」にある。
「君」を「君主=天皇」として解釈する、共産主義者の捏造が一般化されたので、これまた共産主義用語の「天皇制」と結合して、「天皇制が永遠に続きますように」との政治解釈が、おおくの日本人の脳に刻まれれて、「天皇のための戦争反対!」スローガンの戦後的かつ正義感ある価値観となっていたからである。
よって、教師の絶対を信じる「良い子」こそ、これに染まり、活動家へと成長していく「再生産」が、80年も続いてきて、ほぼほぼエリート層の「常識」になってきていた。
しかし、男性をさす「き」と女性をさす「み」が、一字で書ける「君(訓読み:きみ)」としたのが正解である。
わが国を創生した男女神「イザナキ」と「イザナミ」しかり、「翁(おきな)」と「嫗(おみな)」の、「き」と「み」のことである。
つまり、「き・み」とは、男女双方からそれぞれに「あなた」という呼び方なのである。
これに、「ドラクエ」の音楽で世界的に有名な作曲家「すぎやまこういち」氏が、アメリカのテレビにて「君が代」についての解説をした動画も加わっている。
すぎやま氏は、「レ」からはじまって「レ」で終わり、永遠にループする曲が、「9度」の音階内で演奏できる(誰にでも歌える)ようになっている音楽的完璧さを解説しているのである。
この「レ」からとは、「雅楽」からのものなのだ。
西洋の国歌は、「ドレミ」の和音をもってはじまり、それで完結するし、「度数も13」とかと、なかなか素人には歌えない曲がおおいから、プロの歌手が歌って聴衆は聴くものとなっている。
対して「君が代」は、和音を拒否してメロディーしかないから、全員で歌えるし多少ブレても「雅楽」としての余韻となるようになっている。
ちなみに、あの『ABBA』がくりだした数々の大ヒット曲は、いまでも伝説的な存在であり、「カラオケ」でも歌えるようになっているものの、ほとんどリクエストがないのは、なんと13度どころか「3オクターブ」の音域発声を要求されるために、「ふつうのひとには歌えない」からなのである。
さては外国人に「君が代の真の姿」がバレたのである。
かくほどまでに、政治的に左翼にとって都合の悪い話はない。
これまでのプロパガンダが、雲散霧消する可能性が発生したからである。
さあ、どうする文科省、という話になるのは当然だろうが、およそ自民・維新政権はほっかむりをしているし、その他の野党も知らぬ存ぜぬを通して大票田の「日教組」に忖度しているのである。
イタリア大会を仕切った、実行委員会にいまさら文句もいえぬので、なかったことにしているにちがいないけれど、インバウンドで大挙してやってくる外国人がしっていることにどうするのか?となっている。

