いまも販売されている「子供保険」についての批判は、むかしからある。
なにせ、子供は「完全消費者(一切稼ぎがない)」なので、子供に保険を掛ける予算があるなら、家計を支える両親がまっ先に保険に加入して病気や怪我などで収入が減るリスクを回避すべきだ、というものである。
じつは国民経済における政府の役割とは、「完全消費者」であることだ。
両親たる国民から得たカネを使うしかないのが、政府なのである。
したがって、政府は「付加価値生産」もせず、とにかくカネを使うマシンなのである。
このかんがえに「まった!」をかけたのが、英国大蔵省の高級幹部だったケインズである。
政府がカネを使うことで、「有効需要」を創出すれば、失業が減る、といいだして、当時ヘンテコ理論と評価されたこの政策を世界ではじめて導入したのが、ヒトラー政権であった。
それで、ほとんどの国民がマイカーを所有していない時代に、アウトバーン(ムダな大規模公共事業)を建設し、おもむろに「国民自動車(フォルクスワーゲン)会社」を設立したのである。
ここで、ヒトラーのナチスが台頭した歴史的背景を確認すれば、敗戦に終わった第一次大戦による戦費の負担と総力戦による産業(工場)破壊、それに戦勝国への莫大な賠償金支払いやらで、通貨マルクが無価値になる経験をドイツ人が強いられたことである。
この当時の生き証人として、ナチス・ドイツに併合されたオーストリア人のミーゼスは、ケインズ経済学の罪について、1959年のアルゼンチン講演で語っている。
マドンナ主演の『エビータ』で有名なペロン独裁政権が終わったあとのことだから、しっかりペロン政権批判をして、いまのミレイ政権への基礎をつくった名講演であった。
「家計」ならば、使いたくとも使えるおカネには自ずと限界がある。
ローンを組んで借金して資産を得ても、返済不能になればあとは破産しか道はない。
ところが、「国家」には資金調達の方法がありすぎるのである。
まず、税収だし、足りなければ中央銀行におカネを印刷させればよい。
それには、国債を発行して、これを強制的に中央銀行に買わせればいいのである。
もっとも現実には印刷も不要なのは、「帳簿上」で、中央銀行にある政府口座の残高(数字データ)が増えればいいだけのことである。
こうして、政府はおカネを使う。
つまり、中央銀行にある政府の口座から、使った先の企業なりの口座へ代金が振り込まれ、それがまた、別の取引先企業の口座へとおカネがまわる。
このとき、順番が早くまわってくる企業は、仕入れ値が変わらない時間的有利があるから、「儲かる」ようにみえるのである。
しかし、同時に、市中に出回る通貨が増えるので、通貨は確実に「減価」している。
そうやって、全国におカネがまわりきると、インフレとなるのである。
ミーゼスは、政府の無駄遣いを批判していない。
無駄遣いができる、資金調達の方法から生じる「通貨の減価」を問題にして批判するのである。
そして、政府は中央銀行への利子払いを軽くするのに、インフレが役に立つことをしっているから、わざとインフレを誘導する。
しかし、国民経済にとってインフレはなんの役にも立たないばかりか生活を困窮化させる元凶である。
じつは、インフレこそが、みえない税金(増税)なのである。
そこで、政府の恣意的な「錬金術」をとめるために、「金本位制」の有利を説く。
これが、トランプ政権2.0が目指す、中央銀行(ヨーロッパ金融貴族)の支配からの脱却をいう基本政策の根本理論になっている。
だから、ほんとうに「フォートノックス」の地下大金庫に「金(Gold)」があるのか?を確かめに行くことまでやった。
天文学的な政府債務残高をかかえるアメリカ政府が、自らおカネの錬金術をやめて使うのに限界がある「金本位制」に帰ることができるのか?
世界史が変わる、重要事項なのである。

