わたしは地上波だろうがBSだろうが、テレビを一切観ないので、詳しいことはわからないが、16日放送のTBS『サンデーモーニング』での加藤登紀子発言が荒れているらしい。
そこで、番組の様子を伝える「ニュース」を観たら、意外な前段があったことがわかった。
先に、元外務次官の藪中三十二氏(現大阪大学特任教授)が、政府公式見解をそのまま解説していて、これを受けての加藤登紀子発言だったのである。
どちらさまも、加藤登紀子発言に注視しているが、その場にいた藪中氏が「骨髄反応しなかった」ことに注目したくなるのである。
あまりの「想定外」に、唖然として口がひらかず、声も出なかったのか?
外交現場における相手方の突拍子もない発言は、まったくもって「よくあること」であるから、いかに想定外でも即座にその場で言い返す、運動神経的な反応をみせることは大変重要な場の制御手法である。
そのために、外交官はその頭脳を使う(=いかなる場合にも反論する)仕事、ともいえる。
こうした観点からすると、まったくの無能ぶりをみせたのである。
外務次官、なるトップ外交官の役職経験と肩書きをもつ人物とはおもえない体たらくであるから、民間人の加藤登紀子(しかも誰もがしる左翼活動家)の発言より、無言であったことの方がよほど重要ではないか?
いったい、この人物は大阪大学で学生になにを教えているのか?まったく不明である。
むろん、加藤登紀子の「親ソ連」ぶりはむかしから有名で、およそ加藤のリサイタルとは、彼女の娘を含め左翼の集会のような面持ちであった。
だが、80歳を超えて、そんな加藤は「ソ連」と「ロシア」のちがいを理解していないかもしれないとおもわせるのは、人生の悲哀そのものなのである。
この歌手は、むかしの「歌声喫茶」の延長線上にだけ巣くっていたのか?
『知床旅情』も『琵琶湖周航の歌』も、彼女には「ロシア民謡」だったのかもしれない。
しかして、問題なのは藪中氏の方である。
これが、最後の外交官、村田良平が嘆く「後輩」のひとりなのであろう。
一方で、一般的な加藤登紀子批判とTBS批判の単純さにも触れれば、まったくの「二元論(黒か白か)」によっているところが、まずい、のである。
それが、「プロジェクト・フラ」の無知を基準にしていることからもわかるのである。
逆に、戦後の日本政府も、「プロジェクト・フラ」をなかったことにしている。
アメリカの民主党政権(=共和党のネオコン)に思い切り忖度したための、ソ連が一方的な悪玉、だとする「冷戦」に都合のよい解釈で通してきた。
これが、そのまま番組内での「藪中解説」になっているのである。
すると、TBSは、すくなくとも本件に限り、あらかじめ日本政府(見解)に忖度したのである。
が、あらかじめかどうかはわからぬ、加藤登紀子発言となったのだろう。
骨髄反応で、「ロシア領」発言を、「実効支配」と言い換えたのは、藪中氏ではなくてアナウンサーの方だった。
尖閣にも、竹島にもいえる、重要な用語が「実効支配」なのである。
それにしても、とおもうのは、よくも多数がテレビを観ていることである。
なんら役に立つ情報を国民に与えてはいないばかりか、政府に都合のいいプロパガンダでしかないのに、とおもうばかりなのである。

