地方議会の混乱は建てつけの悪さにある

福岡県議会で発覚した地方議会の混乱は、おそらく全国規模での「あるある」だとおもわれる。
それから横浜市長のパワハラ認定も、議会の無能と無責任をあぶりだし、結局「第三者委員会」(「無料」ではない)に付託するしかなったのである。

日本の議会には、強制的な調査・捜査もできない(権限がないだけでなく議員に能力がない)ばかりか、多数決絶対の幼稚性がはびこっているのである。

それは、たとえば一人区の千代田区で無所属にして奇跡的に当選した佐藤さおり都議会議員が告発したように、都議会の中の委員会に無所属議員は参加できないルールがあることでもわかる。

はたして「民意」とは何か?が根本から問われる問題だが、その根本は、二大政党制(自民党と日本社会党に基準をおく)が崩れてしまって、多党化した実態と当初の制度(設計)が合致しなくなったことに原因がある。

このことを突き詰めると、こうした制度を設計した当時のGHQのやっつけ仕事のアラこそが根元にあるのだろう。
なぜならば、アメリカには「州」があるが、日本にはないことの勘違いだったのではないか?と疑う余地があるからである。

アメリカの州には、それぞれが「憲法」があって、連邦政府とは条約(契約)で結合している。
しかし、わが国の都道府県は、これを中央政府が縛る「地方自治法」で、総務官僚によるがんじがらめになっているのである。

それゆえに、地方議会の立法府としての位置付けが、GHQ職員からしたら曖昧模糊としていて、丁寧な整合性をとることをしなかった、とかんがえられるからである。

あとは日本人が決めろ!と。

ところが、後になっても日本人は決めなかった。
それが大政党(むろん自民党と国家官僚)にとって都合がよかったからだ。

実質的に、国家公務員が地方公務員を支配できる構造は、都道府県庁やら警察本部に国家から幹部職で出向することで完遂している。
たとえば警察は、本部長も警視総監も、全員が国家キャリア官僚なのである。

すると、上の佐藤さおり都議の指摘は、東京都に憲法がないための多数派政党による実質的独裁が可能であるということの証左なのだ。
首長と議会が結託したら、ヒトラー政権のごとくになるのは、メカニズムとして当然だ。

しかし、わが国の国体が「中央集権国家」であるために、地方憲法を許すわけにはいかない。

となると、地方自治法の扱いを国の憲法上で定めて、地方ごとに勝手な運用ができることを阻止しないといけないのである。
日本国憲法では、第92条〜95条がこれにあたるが、条文ではしっかり「自治」を認めているから、「?」となるのである。

ところが、その憲法を定める国会が、三権分立の大原則から外れてしまい、行政=政府が最高権力に君臨することを許す体制となった。
たとえば、国会の場での質問に、大臣が答弁拒否できるようになったことが象徴している。

アメリカなら、即座に「議会侮辱罪」が審議されて起訴の対象となる。
すなわち、議会優先が文字どおりだからで、わが国の国会は「国権の最高機関かつ唯一の立法機関」と憲法41条にあるが、なんだか行政=政府の侵食がはげしくて「?」なのである。

たとえば、「法」に付随する「大臣令」とか「課長通達」とかが、実務上の「法」として機能するが、これらは役人のサジ加減で決めることができるので、あたかも立法権も行政側にあるのだ。

ようは、地方議会の不祥事とは、そのまま国家の「鏡像」なのである。

そうはいっても、議会運営についての問題は、世論喚起するしかない。
これをやらないマスコミの役割はとうに終わっていて、佐藤さおり議員のように自身の発信がもっとも信用できる情報源となっている。

そうなると、対策としては「選挙」の重大性が入り口となる。

投票率が7割とか8割ないと、選挙を無効にするとか、その投票率での得票率が5割以上ないと当選できないために決選投票の再選挙をやるとかのハードルを上げることも検討しないといけない。

つまり、7割の投票率で5割以上の得票率というのは、全体の35%以上の支持を担保する、という意味である。
国政選挙の投票率が下がって、5割を切るような事態が常態化しているけれども、それで当選した人物の得票率が5割を超えていても、全体では2割から3割程度の支持率となる。

それで君臨させていいものか?

なので、なんども選挙をやらないといけなくなると「カネがかかる」ことになるが、一発で当選するにはとにかく有権者が選挙にいかないといけない条件がつくだけで、絵柄が変わるはずなのである。

現状では、有力議員ほど連続当選するなら、投票率が低い方が有利だからである。

むろん、候補者の情報提供も現状のままでいいはずがない。
まったくもって、横浜市長の例があるからである。
この人物は、横浜市立大学医学部教授、の肩書きを全面露出させて、コロナの専門家、を主張していたが、医師でもなく、統計学者なのである。

ようは、医師の卵たちに「データの見方」を教えるのが仕事であった。

この意味で、選挙公報の表示は、「詐称」にならないか?

とにかく、選挙制度改革というと、議員定数やらの話題になるが、そこではない。

議会の制度そのものと、選挙制度そのものが問われているのである。

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