ベッセントのイラン攻撃

1日、G20財務相・中央銀行総裁会議の最中、ベッセント財務長官がイランの革命防衛隊など幹部が持つ巨額の海外資産(たとえば豪邸も)の凍結について具体的な発言をしたことが話題になっている。

ここには、預言者ムハンマドから数えて4代目のアリーの血を引く12人の家系を「イマーム(指導者)」として尊崇されている者たちも含まれるはずである。

つまり、ベッセント氏は、あたかも「宗教大臣」のような存在になっているのである。

江戸時代の日本では、「町奉行」よりはるか高位だった「寺社奉行」(後の老中候補)がこれにあたる。
現代のわが国では、「文部科学大臣」がそれだ。

エジプトにはアラブ世界最古の大学「アズハル大学」があって、アズハルモスクに併設されているが、このトップが宗教大臣に就任するのが慣例である。

世俗世界は大統領が管轄するが、思想心情・信仰については宗教大臣の管轄であり、わが国の家庭裁判所と地方裁判所をあわせたような、宗教裁判所を管轄する国民生活に密着した存在なのである。

なぜならば、第一にモスクが出生記録から結婚契約を扱うから、離婚訴訟も宗教裁判所の権限の中にあるし、個人間の金銭貸借もイスラム法上の判断が優先される社会であるからだ。

なので、「イスラム共和国」を内外に宣言したイランとなれば、その生活上の隅々まで宗教(戒律)が関与するのは当然なのである。

しかし、ベッセント長官が示したのは、社会の柱となるはずの宗教的トップたちが、私的な蓄財をしてそれをさらに海外に秘密裏に移転・保持していたことの衝撃であろう。

時代劇でいう、権力者の不正曝露、というパターンである。

よって、そんな悪いやつらは成敗してもおとがめがない、という感情を視聴者に植え付ける。
かんがえてみれば、わが国の極左マスコミ傘下のテレビ局各社が、勧善懲悪の時代劇をこぞって放送していた意図は、日本人に革命思想を擦り込む目的があったとおもえる。

その手法を、トランプ政権2.0は、イランでやっている。

ために、トランプ大統領は、ときをおいて何度か、イランの国民向けに「政府打倒の革命蜂起」をアジっているのだろう。

そこで、正確な情報とはおもえないが、わが国に移住したイスラム教徒一家のその後をみると、二世代もすると8割方が「脱イスラム」をするという。
これはこれで、あんがい興味深いのは、一般にいう日本における宗教的寛容さではなく、「日本教」なる世界最強の宗教にはまり込むからではないか?とおもうからだ。

あたかも「神道」のようにみせかける「日本教」は、もっと薄く、かつ、もっと広く分布して、DNAに書き込まれているレベルかとおもうほどの強靱さがあるために「世界最強」の評価となる。

脱イスラムのおおきな原因に、「豚肉の美味さをしった」とかがあげられているらしいいが、そんな程度のイスラム教信仰からの現象なのか?と疑いたくなる。
もっと「テキトー」ともいえる、日本人の宗教的感覚の薄さにはまり込むのではないか?

だが、日本人は自分で意識しないレベルで強烈な宗教感覚をもっている。

たとえば、「鳥居」のミニチュアが道端にあれば、日本人は絶対的に清浄さを維持しようとし、これを嗤う外国人が放尿してから災難に遭うことを当然だと認めるばかりか災難に遭うことを大いに期待するのである。

よって、いつか災難に遭ったときに、かつての愚行を本人に伝えるので嗤っていた者が青くなる構図になっている。
それには二種類あって、単純に「神の存在」への畏怖と、真顔でいう日本人の「カルト感覚」に対する恐怖である。

このようにかんがえると、もっとも強烈な「あたらしいイラン革命」とは、日本化なのである。
そこで、ふたたび『おしん』が登場するのではないか?

そんなシナリオを妄想するのである。

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